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神戸地方裁判所 昭和29年(ワ)442号 判決

原告 逸見憲一 外一名

被告 国

訴訟代理人 河津圭一 外二名

主文

一、原告逸見憲一がアメリカ合衆国軍隊・神戸補給基地・更生修理部隊(Kobe Quartermaster Depot, Maintenance Division)の副管理人(Assistant Office Manager)として被告国との間に雇傭関係のあることを確認する。

二、被告国は原告逸見憲一に対し昭和二十八年八月十一日以降毎月十日金一万九千七百九十円宛を支払え。

三、原告全駐留軍労働組合兵庫地区本部の請求はこれを棄却する。

四、訴訟費用は原告逸見憲一と被告国との間に生じたものは被告国の、原告全駐留軍労働組合兵庫地区本部と被告国との間に生じたものは原告全駐留軍労働組合兵庫地区本部の負担とする。

五、この判決は原告逸見憲一において金五万円の担保を供するときは昭和三十年五月分までの給料支払の点については仮りに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、主文第一、二項同旨並に訴訟費用は被告の負担とする旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

(一) 原告逸見憲一は、日米安全保障条約に基き日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以下在日駐留米軍という。)のために、日米労務基本契約により被告国に雇傭され、請求の趣旨記載の在日駐留軍部隊(K・Q・M・D・M・D)の副管理人(Assistant Office Manager)として労務に服する者であり、原告全駐留軍労働組合兵庫地区本部(以下原告地区本部という)は在日駐留米軍の労働者をもつて組織する全駐留軍労働組合の下部組織たる労働組合であつて、原告逸見は全駐留軍労働組合の組合員で、原告地区本部のM・H・E分会に属し、原告地区本部執行委員及び同分会常任理事である。

そして被告国が、駐留軍労務者の雇傭主としてなすべき雇入、提供、解雇及び労務管理、給与の支給等の事務については、政令(昭和二十七年政令第三百号、調達庁設置法第十条の規定に基き都道府県知事への委任事務の範囲を定める政令)の定めるところによつて、被告国の政府機関たる特別調達庁長官により都・道・府・県知事に委任されて居り、原告逸見憲一の前記駐留軍部隊における労務関係も現に兵庫県知事の所管である。

(二)  しかるところ

(1)  原告逸見は、右勤務中肺浸潤となつたので、所定規程(「事務系統使用人に関する支給規程」第七項(休暇)ロ号「連合国軍関係使用人の私傷病による欠勤等の取扱に関する件」)に従い、医師の診断書(指定病院である兵庫県立尼崎病院の)を添付の上、次のとおり病気欠勤届を提出して合計八十三日間欠勤し療養に専念していた。

(イ)  昭和二十八年四月十三日より同月末日まで

(ロ)  同年五月一日より同月末日まで

(ハ)  同年六月一日より同月末日まで

(ニ)  同年七月一日より同月四日まで

ところが、同原告の右有給期間中である六月十一日、同駐留軍部隊人事部より突如健康状態によるとの理由で、同年七月十一日をもつて同原告を解雇する旨の解雇予告を受け、次いで右解雇の発効すべき十一日更に同原告の健康状態を看とるためとの理由で解雇を一ケ月延期されたが、同年八月十日遂に解雇を申渡された。

(2)  同原告は前記のように欠勤療養し、治癒したので、前記指定病院の治癒証明を提出し、欠勤後八十五日目である七月六日(同月五日は日曜日)より出勤し職場に復帰したところ、同人事部は原告に対し更に他の指定病院の治癒証明の提出を要求したので、原告は神戸中央診療所の証明を提出した。しかるに、同人事部はさきになした解雇予告の撤回をせず、再発の虞がないかどうかを更に看とるためと称し、解雇を一ケ月延期したが、その間原告は無遅刻、無欠勤で勤務を継続し、病気の再発もしなかつたにかかわらず、同年八月十日原告を解雇するに至つたものである。

(三)  原告逸見憲一は勿論、原告組合としても、右のような不法な解雇は承服しが応いところであつたから、労働協約(全駐留軍労働組合及び特別調達庁間において締結せるもの)の定める苦情処理方式に従い、同年八月二十一日現地管理機関である兵庫県葺合渉外労務管理事務所との間に団体交渉をもつ等相当の手続をふんで紛争の処理を図つたが、遂に解決をみるに至らなかつたものである。

(四)  然しながら、同駐留軍部隊のなした原告逸見に対する右解雇は、次の諸点において違法であり、無効である。

即ち、

(1)  同駐留軍部隊の解雇の理由とする同原告の「健康状態」は既に指定病院の医師によつてその治癒が証明されており、解雇当時理由に該当する事実が存在しないから右解雇は無効である。

(2)  原告は所定の事由に基き、所定の手続により、所定の期間内適法に病気による有給休暇権を得ているのであるから、右期間中、病気を理由とする解雇は前記規程に違反し無効である。

(3)  「連合国軍関係直用使用人公私傷病者の取扱手続」の第一原則の二によると、「使用人の傷病が回復して出勤後、再発若くは新に傷病のため所定の手続を経て欠勤を始めた場合においては、この有給休暇の日数は新に起算するものとする」とされているところ、原告の病気は既に治癒し昭和二十八年七月六日より出勤しており、その後何等再発の事実さえもないのであるから、右解雇は右取扱手続に違反し無効である。

(4)  特に結核患者のための欠勤(休暇)については、

(イ)  「使用人が結核のため欠勤し、九十日の範囲内で与えられた有給休暇後もなお治癒しないときは、欠勤を始めた日より起算して一年以内の期間を無給休暇とするこができる。」

(ロ)  「欠勤を始めた日から満一年を経過しても、結核が治癒しないと認めた場合には、渉外労務管理機関は一年に満つる日の三十日前に解雇の予告を行う」(昭和二十六年五月三十一日「連合軍関係直用使用人公私傷病者の取扱手続」中第三「私傷病者の取扱」の(イ)「結核患者の取扱」)べきものであつて、他の病気による前記有給休暇制のほかに特別取扱(満一年以内、療養のためにする権利)が認められており、右解雇は右取扱手続に違背し無効である。

(五)  更に同駐留軍部隊が原告逸見に対してなした右解雇の動機並にその理由は、前記の如く形式的には同原告の健康状態を理由とするものであるが、原告の病気が既に治癒し、その事実が証明されているにかかわらず、なおかかる不合理な解雇を固執せんとする所以は、前記の如く同原告が原告地区本部組合及びその分会の組合役員として日常活撥なる組合活動の担当者であることからして、同原告を排除しようとする意図に出たものにほかならないから、右解雇はこの点においても不当労働行為たる解雇として無効たるを免れない。

(六)  以上のとおり同駐留軍のなした右解雇はその実体上、手続上当然無効であつて、原告逸見憲一は被告国との間になお依然として前記職務における雇傭関係を保有しているものであるから、ここにその地位の確認等を求めるため本訴に及んだ次第であると述べ、被告の主張事実に対し、駐留軍がその施設及び地区内において勤務する駐留軍労務者に対し福利厚生上の見地から衛生管理権を有することはこれを認める。しかしながら、原告が病気(結核)を理由にとつた有給休暇に関し、結核が治癒し職場に復帰できるかどうか、はたまた治癒の見込なきものとして解雇され得るかどうかの問題は、労働条件に関する事項であつて、右衛生管理権の事項に属しない問題であるから、労働関係の当事者間に原告の治癒をめぐつて意見の不一致があつても、軍の一方的命令に服する義務のないことは明白であり、仮りに命令拒否ありとしても、衛生管理権に基ずく命令拒否をもつて原告を解雇し得ないことはいうまでもない。

本件解雇については不当労働行為による解雇であることをも主張しているものであるから被解雇者である原告逸見の外に原告兵庫地区本部もそれ自身として無効確認を求める利益を有するものであると述べた。

被告指定代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、

答弁として、

原告等の主張事実中、原告逸見がアメリカ合衆国軍隊神戸補給基地更正修理部隊の副管理人であつたこと、駐留軍労務者の雇入、提供、解雇及び労務管理等の事務は、国の委任により、都道府県知事の所管事項であること、原告逸見がその主張の期間欠勤したこと、昭和二十八年六月十一日、駐留軍人事部が同年七月十一日をもつて同原告を解雇する旨の解雇予告をしたこと、同年七月十一日同人事部が解雇を一ケ月間延期し、同年八月十日同原告に対し解雇を申し伝えたこと、同原告が兵庫県立尼崎病院の治癒証明を提出し、同年七月六日より出勤したこと、同原告は同駐留軍人事部の要求により、更に神戸中央診療所の証明を提出したこと、同原告は本件解雇を不服とし、その主張の頃、その主張のような苦情処理の申立をしたが解決をみるに至らなかつたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実はすべてこれを争う。

(一)  本件解雇には原告等が主張するような違法の点はない。即ち、

(1)  本件解雇の経過をみるに、原告逸見は肺浸潤を理由に病気欠勤届を提出して昭和二十八年四月十三日から有給休暇のところ、欠勤後八十五日目である同年七月六日に至り兵庫県立尼崎病院(県指定病院)の証明書を提出して出勤したのであるが、駐留軍部隊人事部においては、右病気の治癒について疑があつたので、他の病院の治癒証明の提出を要求するとともに、取敢えず健康状態を看るため解雇予告期間の満了日(同年七月十一日)を一ケ月延長する処置を講じたのであるが、その後提出された神戸中央診療所の証明によつてもなお病気が治癒したものと認めることができなかつたので、更に最終的医学判断を得るためにUSFJ医療施設において診断を受くべきことを命じた。しかるに原告逸見はこれを拒否した。よつて駐留軍人事部としては、原告逸見の病気が治癒もしくは回復したと認めることができず治癒もしくは回復者として取扱うわけにはいかないので、やむなく同年八月十一日右趣旨を併記した健康状態を理由とする解雇通知書を発することになつたものである。

(2)  以上のとおり米駐留軍は原告逸見を昭和二十八年六月十一日における健康条件を理由に解雇したものであり、従つてその後の原告の健康状態の如何は右解雇に何等の消長をも来さないものである。

もともと米駐留軍神戸補給廠(以下神戸補給廠という)は、業務の性質上平常の補給義務の停滞が許されないのは勿論突発的に起る緊急の需要に対してもすぐさまこれを充足しうる高能率の作業態勢を常時整備しておく必要の下におかれており、従つて労務者のうちに勤怠常ならないおそれのある者を擁していることは、定員の制限もあるので、右業務に著しい支障を生ずるおそれがあるものである。

そこで神戸補給廠人事部においては、はじめ労務者が疾病のため九十日の有給休暇期間をこえて病気休業したときは、これを解雇する取扱であつたが、右解雇を免れる目的で病気休業が九十日となる直前に一応出勤する例が少くなく、この種の労務者は後日また同一系統の病気によりいつ病気休業をなすやも計られず、よつて業務上不都合が生じたため、後に右取扱を改めて長期病気休業をした者は、健康条件不良にして業務上の要請に応えられないものと認めて、その者がさらに九十日の有給休暇期間を越えて休業するかどうかを問わず一律に解雇の手続をすることとしたが、労務者が現に有給休暇中にある場合は、これを顧慮するため労働基準法第二十条の規定による解雇予告は、予告期間が有給休暇の最長期間(九十日経過後に到来するように、有給休暇六十日の経過の日にこれをする取扱としたものである。

しかるところ、原告は前記のように昭和二十八年四月十三日から肺浸潤の理由により有給休暇をとり、以後六月十一日までに六十日間病気休業をしたので、神戸補給廠人事部は、右取扱に則り、原告に対してその健康条件の不良を理由に同日解雇予告をなしたものであり、従つて原告は右予告期間(当事者の合意によりその後六十日間延長さる)の満了とともに解雇となつたものであり、右解雇予告後予告期間満了前に原告が出勤した事実及び原告の病気が治癒したかどうか等は、右原告の解雇に何等の消長をも来すべきものではない。

なお六十日間病気休業をした者に対する健康条件不良を理由とする解雇予告は事務上一律になされるものであるが、原告は本件肺浸潤による病気休業以前にも昭和二十六年五月十二日より同月二十五日まで肺浸潤、昭和二十七年三月二十八日より同年四月五日まで気管支炎とそれぞれ同一系統の病気で休業した前歴を有し、その体質蒲柳にして健康条件が不良であり、副管理人としての職責の完遂に耐えないものと認められる実質的理由があつたものである。

(3)  なお、仮りに解雇の理由が解雇予告期間満了当時においても存続していることを要するものとしても、原告逸見は右時点においてもなおその健康条件が不良であつたと認めなければならないことはさきに述べたところによつて明らかである。

(4)  仮りに本件解雇が「健康状態」を理由としてはその有効性を認められないとしても、次の理由によつて有効として維持されるべきものである。

即ち、駐留軍労務者に対する衛生管理は、行政協定第三条に定める駐留軍施設及び地区内管理権の一部であるから結核で有給休暇が与えられている労務者が出勤した場合、果してその病気が治癒したかどうかの最終医学的判断の権限は駐留軍にあり、駐留軍労務者は、右管理権に基く命令に従わなけれもばならない。そして該命令に従わない労務者は、これを解雇することができると解すべきである。ところで本件において原告逸見が駐留軍部隊人事部の診断命令に従わなかつたことは、さきに認めたとおりであるから、この点からも本件解雇は有効であるといわなければならない。

(5)  駐留軍労務者の雇傭関係は、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定によつて新たな労務基本契約が締結されるまでは、千九百五十一年六月二十三日調印された「日本人及びその他の日本国在住者の役務に関する基本契約及び同契約附属協定」によつて律せられるところであり、右附属協定の一である「連合国軍関係事務系統使用人給与規程」並に「連合国軍関係直用使用人公私傷病者の取扱手続」によつて結核患者に対する取扱等が定められているが、これらの規程の解釈について原告等には相当の誤解がある。

即ち、右取扱手続第1原則2には「使用人が傷病にかかつた場合(公傷病及び私傷病を含む)は、欠勤の日から九十日の範囲内の有給休暇を与えることができる(英文は Will begrantedとなつている)この場合には、「連合国直用使用人の給与規程」に定める所定の手続をとらなければならない」と定められ、更に取扱手続第3私傷病者の取扱(1) 結核患者の取扱の項下には「(イ)使用人が結核のため欠勤し九十日の範囲内で与えられた有給休暇経過後もなお治癒しないときは、欠勤を始めた日より起算して一年以内の期間を無給休暇とすることができる(英文はMay be grantedとなつている)(ロ)欠勤を始めた日から満一年を経過しても結核が治癒しないと認めた場合には、渉外労務管理機関は、一年を満つる日の三十日前に解雇の予告を行う」と規定しているが、右結核患者に対する無給休暇の規定の趣旨とするところは、結核の場合には、他の私傷病による有給休暇の外に特に裁量によつて病気欠勤の日から起算して一年以内の期間の無給休暇を与えることができるというのであつて、原告等が主張されるように病気による有給休暇の外に一年以内の療養のための無給休暇を受ける権利を認めたものではない。従つて右無給休暇を与えなかつたからといつて違法というは当らない。

(6)  原告等の不当労働行為の主張について

原告等は本件解雇を不当労働行為として無効であると主張するが、本件解雇が原告逸見の組合活動と因果関係のないことは、既に述べた事案の経過に徴し明かである。かような主張は、誤れるもしくは一方的な立論を前提とすることから生じた臆測にすぎないものである。

(二)  原告地区本部の原告適格について

本訴は原告逸見と被告国との間に雇傭関係が存続することの確認並にそれを前提とする賃金の支払を求める訴に外ならないから、右法律関係の当事者の外その法律関係について何等処分権を有しない原告地区本部は、かかる訴を遂行する権能がないといわなければならない。従つて原告地区本部については、当事者適格なしとして、本訴請求は速やかに棄却されるべきものである。と述べた。

〈立証 省略〉

理由

第一、原告全駐留軍労働組合兵庫地区本部の当事者適格について本件訴訟が原告逸見憲一と被告国との間に雇傭に基く法律関係のなお存続することの確認並にそれを前提とする賃金の支払を求めるものであることは、原告等提出の訴状その他本件記録に徴し明白である。そして本件において右逸見憲一は、自ら原告として本訴請求をしているのであるから、他に特段の事由のない限り、右法律関係の当事者の外にその法律関係につき何等の処分権をも有しない原告地区本部は、本件のような確認の訴を求める利益なく又給付の訴を遂行する権能を有しないものといわなければならない。従つて原告地区本部は当事者適格を欠くものというべく、同原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。

第二、原告逸見憲一の本訴請求について

(一)  当事者間に争のない事実

原告逸見の主張事実中、同原告がアメリカ合衆国軍隊神戸補給基地更生修理部隊の副管理人であつたこと、駐留軍労務者の雇入、提供、解雇及び労務管理等の事務は国の委任により都道府県知事の所管事項であること、同原告はその勤務中に病気にかかり昭和二十八年四月十三日より同年七月四日までひきつゞき欠勤したこと、同年六月十一日駐留軍人事部が同年七月十一日をもつて同原告を解雇する旨の解雇予告をしたこと、同原告は同年七月六日から出勤し兵庫県立尼崎病院の治癒証明書を提出したこと、その頃同駐留軍人事部は同原告の解雇を一ケ月間延長したこと、同原告はその後駐留軍人事部の求めにより更に神戸中央診療所の証明書を提出したが、同年八月十日遂に健康状態を理由に解雇されるに至つたことはいずれも当事者間に争のないところである。

(二)  そこで以下同原告に対する右解雇処分が適法であるかどうかについて判断する。

(1)  本件においては原告逸見の健康状態-病気の治癒をめぐつて当事者間に根本的な見解の相違がある。

ところで被告は、本件解雇は昭和二十八年六月十一日(解雇予告の日で当時同原告はなお病気欠勤中)当時における同原告の健康状態を理由に解雇したものであるからその後の健康状態の如何は右解雇に何等の消長をも来さないと主張するのので、先ずこの点について考えてみるに、成立の争のない甲第三、第四、第五、第八号証、第九号証の一乃至四、乙第一号証の一乃至四、第二号証の一、二並に原告本人逸見憲一訊問の結果を綜合すると、被告の主張する右六月十一日当時同原告は所定の事由(肺浸潤)に基き、所定の手続を経て、適法に病気による有給休暇を得ていたことが認められ、なお本件当事者間の労働関係を律する「連合国軍関係直用使用人公私傷病者の取扱手続」(甲第五号証、乙第一号証の一乃至四)には、

第一原則の(二)に「使用人が傷病にかかつた場合(公傷病及び私傷病を含む)は欠勤の日から九十日の範囲内の有給休暇を与えることができる。

この場合には「連合国軍関係直用使用人の給与規程」に定める所定の手続をとらなければならない」

第三傷病者の取扱(一)結核患者の取扱(イ)(ロ)に

「使用人が結核のため欠勤し九十日の範囲内で与えられた有給休暇経過後も、なお治癒しないときは欠勤を始めた日より起算して一年以内の期間を無給休暇とすることができる」

「欠勤を始めた日から満一年を経過しても結核が治癒しないと認めた場合には渉外労務管理機関は一年に満つる日の三十日前に解雇の予告を行う」

旨の規定があつて、結核患者については他の病気の場合とことなり、九十日以内の有給休暇のほかに、満一年以内の裁量による療養のためにする無給休暇制度等が認められていることをそれぞれ認めることができる。

そうだとすると、与えられた有給休暇期間中に労務者を解雇すること及び健康状態を理由とする解雇について有給休暇期間中の日時を右健康状態の最終の判断基準日とすることは前記各規定の趣旨に反するものといつてよく、そのような取扱は許されないものと解するのが相当である。

結局本件においては、健康状態を理由とする限り、原告逸見が解雇を申し渡された同年八月十日を最終の基準日としてこれを判断すべきものである。

(2)  そこで次に、同年八月十日当時、同原告の病気がすでに治癒していたかどうかについて判断する。

もともと本件の事案について、同原告の健康状態-病気-がはたして治癒、回復したかどうかは被告主張のように最終的決定権は駐留軍にあることは認めなければならないが主として客観的事実によつて決められるべきものである。

ところで、成立に争のない甲第十、十一号証並に証人奥村延男の証言及び弁論の全趣旨によると、右客観的事実の証明方法については、当事者間の争をさけるため、全駐留軍労働組合兵庫地区本部ではかねてから兵庫県渉外労務管理事務所との間に数次にわたつて交渉をもち指定病院制の確立を提唱していたこと、並に当時の駐留軍人事部の取扱として、長期欠勤の後に出勤した労務者に対しては人事部の指定する病院の中二ケ所の病院からの診断書を提出させることになつていたことをそれぞれ認めることができる。

そして同原告は右取扱の例に従い、欠勤後始めて出勤した日に指定病院である兵庫県立尼崎病院の治癒証明書を提出し、さらに駐留軍人事部の求めに応じ指定病院である神戸中央診療所の診断書を提出したことはいずれも当事者間に争のないところであり、右各診断書の内容がいずれもレントゲン検査等の結果同原告の病気が全治し、以後その就労に差支えないことを証明するものであつたことは、成立に争のない甲第一、第十四号証並に原告本人逸見憲一訊問の結果によつて明かであり、右原告本人訊問の結果によると、同原告はその出勤以来無遅刻、無欠勤をつゞけ、病気の再発もなくその執務に別段の支障を来すこともなかつたことを認めることができる。然るに駐留軍人事部はこれをもつて同原告の病気が治癒したものと認めず、同原告に対しさらにU・S・F・T、医療施設の診断書を要求したもので、同原告がこれに従わなかつたことは同原告自身の認めて争わないところである。

以上の事実関係から考えると、本件では結局原告逸見が長期欠勤の後その職場に復帰するに際し、従来の取扱例に従い正規の指定病院の診断書を二通提出してその病気の全治回復を証明したものということができるから、他にこれを疑うべき特別の事由のない限り、同原告の病気は客観的にみて一応治癒したものと認めるのが相当である。(尤も成立に争のない乙第五乃至第九号証並に証人岡本光雄奥村延男の各証言によると、同原告は本件の病気以前にも呼吸器に関する病気で時々欠勤した事実を認めることができるが、右事実のみで特別の事由ありとは認められない。)そうだとすると他に特別の事由の主張立証のない本件では健康状態を理由とする被告の解雇は不当で効力なきものというべきである。

(3)  衛生管理権に基く命令の点について

原告逸見本人訊問の結果によると同原告は二回も所定の診断書を提出したのに更に駐留軍の医療施設での診断を求められたので右施設での全治証明が得られたら復職できるかと確めたところ係員から何等の説明も得られなかつたので右施設での診断を拒んだものであることが認められる。右事実に病状の経過に関する前記認定の諸事実を綜合すると駐留軍人事部は原告逸見の過去の病歴を重大視したのか同原告の提出した各診断書の証明力を疑い、特別の理由もなく重ねて一方的な診断書提出命令を出したものということができるから、これに対して同原告が従わなかつたからといつて、これをもつて直ちに同原告の解雇理由となすことを得ないことはいうまでもない。

被告は、労務者の病気が治癒したかどうかの最終的医学的判断の権限は駐留軍にあり、従つて右権限に基く命令に違反した原告逸見を解雇することは何等差支えないことであると主張するが、右命令違反の点は本件の解雇のときその理由となつていなかつたばかりでなく、仮りにその主張のように、病気の治癒についてその最終的医学的判断の権限が駐留軍にあるとしても、その判断は恣意を許すものではなく、あくまでも客観的事実に基き、公正妥当に行われなければならないことは勿論である。かように考えると、本件におけるように、正規の指定病院の診断書(二通)の証明力を疑い、特別の理由もないのに、さらに診断書の提出を命ずるがごときは、右権限を正当に行便したものとはいえないから、その命令に違反したからといつて、その点を理由として解雇してもその解雇は無効というべきである。

(三)  結論

はたしてそうだとすると、原告逸見の健康状態並に命令違反を理由とする本件解雇は、爾余の点について判断を加えるまでもなく、その理由なきに帰し、違法であるといわなければならない。従つて同原告と被告国との間にはいまなお雇傭に基く法律関係が存続しているものということができる。

そして原告本人逸見憲一訊問の結果によると、同原告は本件解雇当時生産管理部の副管理人として一ケ月一万九千七百九十一円の割合による給与の支払を受けていたことを認めることができるから、右雇傭関係の存することの確認並に右賃金の支払を求める同原告の本訴請求はすべて正当としてこれを認容すべきものである。

なお仮執行の宣言は、本件口頭弁論終結の当時であること記録上明らかな昭和三十年五月分までの給料支払の点についてはこれを許容し、同年六月以降の分は相当でないのでこれを付けないこととする。

よつて民事訴訟法第八十九条、 第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 中村友一 土橋忠一)

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